Keith Richards / キース・リチャーズ

Keith Richards / キース・リチャーズ
Biography

キース・リチャーズ(Keith Richards, 1943年12月18日 – )は、イギリスのミュージシャン。ミック・ジャガー、ブライアン・ジョーンズと共にローリング・ストーンズを結成した。ジャガー/リチャーズ名義で様々な楽曲を作りヒットさせている。また、ミックと彼は「グリマー・ツインズ」名義でプロデュースも行う。身長174cm。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第10位、2011年の改訂版では第4位。

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Keith Richards / キース・リチャーズの活躍

キース・リチャーズは1943年ケント州ダートフォードで生まれる。ローリング・ストーンズでデビューしたときにはリチャードと名乗っていたが1978年に本名のリチャーズに戻す。

1962年、そこでブライアン・ジョーンズと出会い、ロンドンのはずれのエディス・グローヴにミックとブライアンと3人で暮らすようになる。同年ブルースやR&Bのコピーバンドとして、ローリング・ストーンズを始動させる。やがてベースにビル・ワイマン、ドラムにチャーリー・ワッツを加えて、1963年シングル「カム・オン」で、ローリング・ストーンズはデビューする。

当初、カバーバンドとしてスタートしたストーンズだったが、アンドリューの方針で、キースはミックと共にオリジナル曲の作曲をスタートさせる。ロック史に残るソングライティングチーム、「ジャガー/リチャーズ」の誕生である。やがてこのソングライティングチームは多くのヒット曲を連発し、キースはミックと並ぶストーンズの顔となる。1969年、初期のリーダー格だったブライアン・ジョーンズの脱退、死去に伴い、それは決定的となる。

1978年12月にはソロ名義でシングル「ハーダー・ゼイ・カム/ラン・ルドルフ・ラン」(前者はジミー・クリフの、後者はチャック・ベリーの、それぞれカヴァー)をリリースしている。

1986年には『ダーティ・ワーク』を発表した。この作品は、ほぼ全編に渡ってキース主導の下制作されたことが強く影響していることから、「キースのアルバム」と呼ばれることもある。同作品の最後には、キースのアイディアで1985年12月に亡くなったスチュワートへの追悼の意味もこめて、彼の弾く「キー・トゥ・ハイウェイ」が隠しトラックとして収められている。

キースはこのバンドで組んだドラマー、スティーヴ・ジョーダンと共にソロ・プロジェクトを立ち上げた。これはメンバー中、もっとも遅い本格的なソロ活動となった。キース・リチャーズ&エクスペンシヴ・ワイノーズとして活動を始めたキースは、1988年にアルバム『トーク・イズ・チープ』をリリースし、数は多くないながらもツアーも行っている。アルバムではキースのリーダー作という雰囲気が全編に渡って感じられる仕上がりとなっているが、プロデュースの名義にはジョーダンの名もあげられている。

1989年になると、各自で行っていた活動に変化が訪れた。ロン・ウッドによる提案で、キースはミックと対面しリラックスムードの中ストーンズの活動について話し合う機会を得た。そこでは自然と新たな曲作りが行われ始めたとのことで、一気にレコーディングという流れになっていったという。こうして新作『スティール・ホイールズ』をリリースし、同時に大規模なワールド・ツアーを行うことも発表された。

再び自身のバンドであるエクスペンシヴ・ワイノーズを開始させ、1992年にアルバム『メイン・オフェンダー〜主犯〜』をリリースした。

1994年には『ヴードゥー・ラウンジ』として発売され前回同様、大規模なツアーが行われた。

現在、幾多の困難を乗り切り自身70歳を過ぎたにも関わらず、ローリング・ストーンズを「世界最高のロックバンド」として牽引し続けている。
2015年9月、23年ぶりの新作ソロ・アルバム『クロスアイド・ハート』を発表し、全英アルバムチャートではソロ・アルバムとしては自己最高の7位、アメリカのBillboard 200でも自己最高の11位を記録した。